直島新美術館プレトーク第一弾
「個々の施設から美術館群へ:ベネッセアートサイト直島のこれまでとこれから」
2023年10月28日、ベネッセハウス パークホールにおいて、直島新美術館の開館に向けたプレイベントの第一弾として、
アートや建築に携わる専門家の方々をお招きして、トークとディスカッションを行いました。
その際、「個々の施設から美術館群へ:ベネッセアートサイト直島のこれまでとこれから」をテーマに、
「美術館群」という視点からこれまでの歩みを振り返り、新たな美術館の展望とベネッセアートサイト直島の未来について語り合いました。
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Index
1. 「ベネッセアートサイト直島のこれまでとこれから」三木あき子
2. 「人間的なふれあいと環境との調和―現在と未来をつなぐベネッセアートサイト直島」逢坂恵理子
3. 「ベネッセアートサイト直島と安藤忠雄」倉方俊輔
4. 「発火点としての私」橋本麻里
5. ディスカッション―それぞれのトークを受けて
「ベネッセアートサイト直島のこれまでとこれから」
三木あき子
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私は、これから新美術館が発足するにあたり、その前提としてベネッセアートサイト直島においてこれまでにつくられてきた美術館、アート施設の流れを確認しつつ、新美術館の概要を少しお話ししたいと思います。
1989年、安藤忠雄さん監修のもと、瀬戸内の自然を体感する場所として直島国際キャンプ場がオープンしました。1990年に設置されたカレル・アペルの彫刻作品「かえると猫」は、直島において最初の現代アート作品です。
左から:直島国際キャンプ場の「かえると猫」、地中美術館のあるエリアの空撮(写真:大沢誠一)、豊島美術館(写真:森川昇) 1992年、ベネッセハウス ミュージアムが開館します。安藤さん設計による最初の建築です。革新的だったのは、美術館とホテルが一体化した施設であるということです。当時の名称は、直島コンテンポラリーアートミュージアムで、ここから美術館としてのアート活動が始まりました。開館後 3年くらいは、企画展を開催していましたが、大きな転機となったのは、1994年の「Open Air ʼ94 Out of Bounds―海景の中の現代美術展―」です。この展示を通して、現代アートは豊かな自然の中にあってこそ、その本来の力を発揮できるという確信を得て、以降、美術館の館内だけでなく、屋外の場所を含め直島という場に合わせたサイト・スペシフィックな作品をアーティストに制作してもらい、展示するという方向性が重視されるようになりました。
そして 1998年、それまではベネッセハウス ミュージアムのある直島の南側でアート活動を展開していたのですが、島の中央部に位置する本村地区において「家プロジェクト」が開始されました。古い家屋を改修するだけでなく、空間そのものを作品化するという試みです。「家プロジェクト」は、島民の方々が生活を営まれている集落においてアート活動を展開するというものであり、このプロジェクトによってベネッセアートサイト直島のアート活動の領域が広がったといえます。
2004年、地中美術館が開館しました。周囲の景観を壊さず、かつ自然光も入るように安藤さんが設計されました。「自然と人間との関係を考える場所」というコンセプトで、クロード・モネ、ジェームズ・タレル、ウォルター・デ・マリアの作品が恒久設置されています。2008年、犬島においてアーティストの柳幸典さん、建築家の三分一博志さんが関わった犬島精錬所美術館が開館、近代化産業遺産である犬島製錬所の遺構を保存、再生した美術館です。
2009年にオープンした直島銭湯「I ♥湯」は、実際に入浴できる大竹伸朗さんによるアート施設です。この施設の重要性は、運営を直島町観光協会に委ねていることにあり、地域との新たな協働のかたちを実現しています。2010年に開館した李禹煥美術館は、李禹煥さんの個人美術館で、2019年には「無限門」も設置されて、より一層、この自然景観、場所自体が作品の一部のようにとらえられるようになってきました。
左から:「心臓音のアーカイブ」の収蔵されている建物外観(写真:久家靖秀)、ANDO MUSEUM外観(写真:山本糾)、李禹煥美術館「無限門」(写真:山本糾) 2010年、豊島の唐櫃地区に豊島美術館ができました。アーティストは内藤礼さん、建築家は西沢立衛さんです。上から見ると水滴のような形をした美術館で、美術館の開館等を機に再生された周囲の棚田の風景に溶け込んでいます。同年、豊島美術館とは反対側の唐櫃地区の浜辺に、クリスチャン・ボルタンスキーの「心臓音のアーカイブ」が完成しました。当時、ボルタンスキーは世界中で人々の心臓音を集めるプロジェクトを続けていて、そのアーカイブの場所として豊島が選ばれました。ボルタンスキーがその理由として語ったことは、時間をかけてこの場に来ることに意味があり、豊島のコンテクストが作品そのものの意味にも組み込まれているということでした。また、2010年には妹島和世さんの建築等による犬島「家プロジェクト」が始まりました。
2013年、直島では本村地区に安藤建築のエッセンスを集約した ANDO MUSEUMが開館しました。同年、宮ノ浦地区では、パチンコ屋だった場所を改装して宮浦ギャラリー六区がつくられました。その後、宮浦ギャラリー六区では2019年からアーティストの下道基行さんが、瀬戸内「 」資料館というプロジェクトを継続しています。豊島では、2013年に横尾忠則さんの豊島横尾館、 2016年には大竹伸朗さんによる針工場が公開されています。
2022年、安藤さんの直島における最も小さい建築物を含むヴァレーギャラリーが開館しました。ヴァレーギャラリーのコンセプトは、建築の内部のみがギャラリー空間という考え方ではなく、周囲の自然景観も含めてギャラリー空間というものです。同年、ベネッセハウス パーク内に、杉本博司ギャラリー 時の回廊が完成しました。杉本さんの作品を鑑賞する場所としてだけでなく、一部時間帯によってホテルゲスト用のラウンジ空間としても機能しています。
直島新美術館は、本村地区に2025年の春に開館する予定です。ベネッセアートサイト直島においては、安藤さん設計による 10番目の建築です。地下 2 階、地上 1 階の構造で、4 つのギャラリースペースがつくられる予定です。
これまでは、それぞれのエリアに美術館やアート施設が単体のものとしてつくられてきましたが、新たに集落のなかに美術館がつくられることで、自然や集落の中に点在する「美術館群」としての姿が強調されていくことになります。また、これまでは常設展示であることが多かったのですが、新美術館では、部分的に企画展やトークなどの活動を通して、人々が集まり、何度もここに訪れたくなるような出会い、交流を促す動きのある美術館活動の展開を予定しています。それらの活動によって、アートと建築、自然、コミュニティのさらなる調和、融合を目指したいと考えています。
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三木あき子Akiko Miki
直島新美術館館長、ベネッセアートサイト直島インターナショナルアーティスティックディレクター。パレ・ド・トーキョー(パリ)チーフ/ シニア・キュレーター(2000-2014年)、ヨコハマ・トリエンナーレ(2011年、2017年)の芸術監督、ディレクター等を歴任。バービカン・アートギャラリー(ロンドン)、台北市立美術館、韓国国立現代美術館、森美術館、横浜美術館、京都市京セラ美術館等のゲスト・キュレーターも数多く務める。
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戦後に開館した日本の現代美術館を軸に、現代美術がどのように浸透してきたか、表現がどのように変わってきたかなどについてお話いただきました。